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金魚酒(きんぎょざけ)とは金魚が泳げるほど薄い通称

1937年日中戦争が開戦されると、米不足のため酒の生産量が減少し、酒造所に対しても原料の米配給制度が実施される。さらに1943年の清酒製造業整備要項により全国の半数の酒造所が戦時下の国策として強制的に廃業させられた。これ以前より酒造所は国税庁の厳しい管轄下にあり、造石税は出来上がった酒に加水すればするほど税金が安くなる仕組みであった。原料となる米不足、酒造所の廃業による清酒の生産量低下、そのため酒造所>問屋>小売店>消費者流通過程で次々と加水された結果、金魚酒と呼ばれるほど薄い酒が出回ってしまった。

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移動目標に向かって伝書鳩を送ることは出来ないため船舶から陸上へ向かって鳩を飛ばすことは出来ても、陸上から船舶へ向かって飛ばすことは出来ない。(ただし、特殊な例として「往復鳩」と、戦時中の日本軍の「移動鳩」の存在があげられる。「往復鳩」は、文字通り2つの地点の鳩舎を往復するもの。寝場所とエサ場の棲み分けによって現在でも訓練できる。一方「移動鳩」は、一般にはあまり知られていない。これは、戦場において、移動式の鳩舎を探して、そこへ鳩が帰ってくるもの。放鳩後に原隊が移動しても、訓練された軍用移動鳩は、移動先の鳩舎(車輌)へ帰巣することができた。移動鳩の実録や訓練法等は、古い書籍でのみ、かいま見ることができる。しかし現在では、その高度な技術やノウハウは殆ど失われてしまった。従って、上記の説明文に矛盾しない。とはいえ、伝書鳩の底知れないポテンシャルを推し量ることができる一面であり、重要な歴史的事実である。)
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 78年は、新井素子が本格的に活躍を開始した年です。
 右の写真は、この年に発売された新井素子の最初の単行本です。
 新井素子の登場と、その受け入れられ方というのは、現在から振り返ってみると時代の節目となる大きな事件でした。
 当時の私はそんなことを思いもせずに、無邪気に同世代作家の書いた小説を読んで喜んでいましたが、今にして思うと、ここでもはっきりと何かが変わっていたのです。

 新井素子はSF専門誌「奇想天外」の新人賞で佳作をとり、78年2月号でデビューしました。この号が発売されたのは77年12月のクリスマス頃だったと思いますから、デビューは正確には77年ということになります。同時に佳作をとってデビューした5人の中には山本弘などもいます。
 この時にSFファンの間で話題になったのは、同じ号に掲載された選考座談会の内容でした。選考委員は星新一、小松左京、筒井康隆という当時のSF界御三家で、最終選考に残った14作品について3人が議論をたたかわせている様子が収録されています。そこでは、新井素子に関する評価がはっきりと割れていました。激賞する星新一と、否定的な2人の食い違いぶりが、鮮明になっていたのです。以下に引用します。

小松 「あたしの中の……」これは16歳の少女でしたね。
 これは、驚いたの一言につきたな、ぼくは。
小松 そうかねえ、ぼくはあんまり感心しなかったけど。
 違った世代が、ついに出現したという感じを受けましたね。テンポというものがあるんだ。いままでの小説の中にない新しさというとテンポだろうと思うんだ。
筒井 それならば、むしろ「カッチン」の方がいいですね。「あたしの中の……」の場合は、話がよく出来ててかわいらしいんだけども、女性の饒舌体とか、マンガの吹き出し的なセリフが生かされてないんですよ。もっともっと生かせたと思う。欠点がちょっと目につき過ぎる。
 ぼくはこれがいちばん欠点が少なかった。ちゃんと伏線があり、ユーモアがあり、サスペンスありで、構成に破綻がないよ。
 (中略)
小松 (略)たとえば、地の文の中に「……ちゃった」というようなことを書かれると、ぼくはもうやたらに抵抗がある。
 いまのああいう世代の女の子は、こういう文章を書くということで、ぼくは納得しているんだけど。
筒井 ただ、そういった文章が出てくるのはいいことなのか、それとも悪いことなんですか。
 もはやいい悪いじゃないと思うよ。世の中がこうなっちまったんだ。
小松 そうでもないよ。ちゃんとした文章もあるぜ。
筒井 そうなっても星さんは困らないんですか。つまり、SFがそういう作者の出やすいところでしょう。われわれが踏んばらなきゃいけないんじゃないかという気がするんだけど。地の文まで崩したのを許していいのかどうか。
 (中略)
筒井 ほんとにこのままでいいと思いますか。これを入選させて、このままの調子であちこちからの作品依頼に応じさせてもいいと、ほんとに思う?
 そりゃ、いいと思うな。SFと劇画で育った世代の象徴とみていいんじゃないかな。ぼくは、これによって人生観が変わった。生じっかの社会体験ならむしろない方がいいらしい。
筒井 それをいうなら、「カッチン」の方ですよ。
 いやいや、ぼくがいちばん感心したのは、ストーリイ作りがうまい。これだけのストーリイは、いまのSF作家にも書けないんじゃないか? これはやはり一種の特異な才能ではなかろうかと。突っつきようがないんだもの、ほかの作品のようにここがおかしいじゃないかというところがない……。「カッチン」の場合は、コンピューターによりかかっている点が新鮮なので、ストーリイは単純なんだ。これはそういうものによりかからずにストーリイそのもので勝負している。とにかく、ストーリイに関しては珍しいぐらい巧妙でうまいなァ。
小松 ただねえ、最初の設定にドラマが踊らされているというところがある……。
 それはまあ御都合主義といえなくもないけど、御都合主義もここまで徹底すりゃいいんじゃない。
筒井 ワァー、スゴいほれこみようだなァ、どうも(笑)
 推理小説だってそうでしょう。
筒井 小説はみんなそうじゃないですか。御都合主義というとすれば。
小松 いかに御都合主義を御都合主義にみせないかというところに腕のみせどころがあるんじゃないかと思うんだけど、この文体ではどうも。
筒井 ストーリイはたしかにいいけど、文章をもうちょっとどうにかしないと困りますよ。
 いやァ、この文章がいいよ。……(笑)
筒井 文章が幼くてかわいらしいのを、星さんは、「文章がいい」と勘違いしているんでしょ(笑)とにかく星さんがあれだけ推しているんだから、残しておきましょう。
小松 おれたち追い上げられているんだな、こういうのをみると痛感するよ(笑)
 (中略/以下は最終選考の場面)
小松 でも「あたしの中……」を一位に推すにはちょっと選者として恥ずかしいよ。「高校SFコンテスト」ならともかく(笑)
 それ以外のを選ぶのはもっと恥ずかしいよ。
小松 うーん……それなら、入選作ナシということになるか。
 それでもいい。いずれにせよ「あたしの中の……」を、わたしが強く推したことを記録に留めてくれれば。
 (中略)
 (略)とにかくクドイようだけど、「あたしの中の……」に出会った時は、とてもぼくなんかには書けない、違った世代の登場で引退せざるを得ないなと、ほんとに思ったよ。
筒井 そこまでホレ込むと……どうする小松さん、入れちゃう?(笑)
小松 佳作ならともかく、入選にするのはどうしても……。
 いいよいいよ。この作品がいずれ雑誌に掲載されて、ぼくが強力に支持したということを読者がわかってくれるなら文句はいわない。
筒井 読者に判断をまかせなきゃ仕方ないな。
 これからはもう、こういうのしか出てこないんじゃないかなァ。
小松 ぼくはそうは考えない。むしろ、非常にしっかりした文章が書けるひとが沢山出てくると思う。
筒井 新しい文章は必ず出てくるけど、これではないよ。たとえばこの人が、四十、五十のオバハンになって、まだこんな文章を書いていたらどうする? 気味ワルイですよ。
小松 ジャレている文章なんだよ、つまり。
 そのへんを考えなおし初めてきたんだ。
筒井 麻薬みたいなもんですな。
 ぼくなんかには、とてもそういう表現は出来ない。
筒井 あたりまえですよ(笑)。星さんがこんなの書き始めたら、気が狂ったかと思われる(笑)
 (「奇想天外」1978年2月号より引用)

 さて、その新井素子が「四十、五十のオバハン」になったのが現代のわれわれの世界です。結果的には、そんなこと気味悪いとは感じない世界になったようです。
 今回問題にしようと思った要素は、ほとんどこの座談会の中で洗い出されているようなものですから、ちょっと長めに引用してしまいました。これを読むと、小松左京と筒井康隆がえらく保守的に見えますが、当時としてはあたりまえと言っていい反応だと思います。むしろ、星新一の柔軟さが過激なまでに突出しているのです。
 新井素子をめぐる問題については、近年「サブ・カルチャー文学論」(文学界/大塚英志)の連載で1回をさいて取り上げられていました。この評論文は、おたく史を考察する時にかなり重要になる指摘を含んでいます。「「ルパン三世」的リアリズムとキャラクターとしての〈私〉――’80年代小説としての新井素子」というタイトルからもわかるように、小説における「私」という問題に「キャラクター」という(おたく史考察において重要な)要素をからめて論じており、文学史の中に新井素子を位置づけるという大胆な試みをしていました。
 私は大塚さんとは時々いっしょに仕事したりしますから、こういうところでこの人の文章を持ち上げたりすると、知り合い同士でだらしなく馴れ合っているみたいで嫌ですから、できたら批判しておきたいのですが(笑)、新井素子評価に新しい切り口を与えたという点では、この評論文は大変意義があると思います。
 「サブ・カルチャー文学論」は、石原慎太郎論をめぐる編集部との衝突で中断され、その後単行本にもなっていませんので、現在読むことはできません。ぜひ早いうちに単行本化してほしいと思います。
 この「サブ・カルチャー文学論」で論じられている問題点も含め、「新井素子の中に読み取るべき時代の変化」という視点は、かなり多くの問題を明らかにするだろうと思います。
 そして、それと同時に今さらのようにわき起こる疑問は、「なぜ星新一だけが、あの時、新井素子の中の何かを見抜くことができたのか?」ということです。世間の相場からすると十分以上に柔軟性のある思考をしていたはずの他のSF作家でさえ保守的に見えてしまうほどの、星新一の発言の突出のしかた。「ぼくは、これによって人生観が変わった」「違った世代の登場で引退せざるを得ないなと、ほんとに思ったよ」とまで言ってしまう星新一という存在が、新たな問題としてそこに浮かび上がってきます。
 日本のSF界を長くリードしてきたのは星新一でした。80年代にいたるまで、多くの中高校生の基本講読図書として人気トップにあった星新一というものが、後に「おたく系」となる人々に潜在的に与えていた影響力は、計り知れないものがあります。にもかかわらず、これまで「星新一」という問題を正面から論じた文章にはお目にかかったことがありません。それは、星新一があまりにもわかりやすいものに見え、思春期とともに卒業するものとして了解され、忘却されてきたからです。

Posted 19 hours ago

【質問】
 ダバオのDDSとは?


【回答】

フィリピンでは有力者に頼んで不起訴にしてもらうとか,金のある人間は刑期が短くなったりとかが多いらしいのですが,凶悪犯は出所しても射殺されます.
 〔略〕

【ドゥテルテ市長ってこんな人】
 ・犯罪者を撃ち殺すDavao Death Squadという私兵を組織している.
 ・以前は市長自らその処刑部隊DDSを引き連れて犯罪者の処刑に行っていた.
 ・フィリピンの為政者は役人に代々甘いが,DDSは役人も処刑している.
 ・アダ名は「ダバオのダーティー・ハリー」

・米誌「タイム」に「処刑人」と特集される.
 ・共産ゲリラが市に逃げ込もうとした時,ヘリに乗り,マシンガンでダダダダダ・・っと自らゲリラ狩りに加わった.
 ・少年少女の非行対策のため「16歳以下のガキは9時門限」という門限条例を作った.
 ・中央で乱暴だと叩かれた時に,市民が「ドゥテルテ市長の支持デモ」を行った.ちなみに上院議員としてマニラに呼び寄せられた時には「市長帰ってきてデモ」が行われた.

・上記のような強硬な治安対策により,かつての犯罪都市ダバオを「アセアン+3観光フォーラム」を開催する程の国際観光都市にした.
 ・その際,「街を綺麗にし,荒れた感じを無くすと犯罪は減る」という[ブロークン・ウィンドウ理論]を宣伝し,市民に自主的に割れた窓を直させたりペンキを塗り直したり,町を綺麗にする.(市の財布節約,フォーラム用の町の美化,消費拡大の効果)
 ・治安改善の功績で大統領の治安問題顧問に大抜擢.
 ・市で番組を持ち,市政や自身の考えを説明し理解させる.(このため,ドゥテルテ劇場政治とか反対派から言われてる.)
 ・クリスマスなど大きいイベント時には自腹でバンドを呼んで市民に無料コンサートを見せる.(これがフィリピン人には効くんだ)
 ・支持率85% (乱暴な治安対策には反対者もいる.ダバオ市を経済発展させてる手腕を認められてるのが支持の一番の理由.)
 ・外国人誘致で銀行の保有を増やし,農村部への低金利融資を指導.農村部を活性化させる.
 ・イスラム教徒の融和,社会参加,納税額UPに成功する.

 「ダバオのイスラム教徒は善良だ.私は彼らを愛してる」としつこい位に連呼(善行認定プレッシャー).
 町のお祭り・パレード・合唱コンクールなどに参加させる(子供が落ちた)
 自分の息子がイスラム教徒と結婚.嫁妊娠時「イスラム教徒の孫を持てて非常に嬉しい」とイスラム教徒として孫を育てる宣言(大人も落ちた)
 「マリア様が祭られてる教会へ礼をするイスラム教徒」を宣伝し,カトリックの理解を得させる(注:イスラム教徒はマリア様に敬意を払っています.)

 こんな感じの有能な市長です.
 俺としては
「アハハ,最高じゃないか!」
と思うが,法曹界と人権派からは嫌われまくってます.まあ裁判待たずに犯罪者を殺したりしてるから当然だね・・・.

 私兵を持って粛清だなんて,途上国じゃなきゃできないんだけど,イスラム教徒への融和政策は参考にした方が良いと思う.
 モスリムがマリア様に敬意を払ってるのは知らない人は結構いるから,もっと宣伝して良いと思う.相互理解のきっかけになるんじゃないかな.

[イスラム マリア様-Google検索]
 シーア派のイランでは女の子を教育するときに「そんなことをしてはいけません,ヘズラート・マルヤム(マリア様)だったらそんなことなさらないでしょうに!」と叱るのだ

 あと,これも解ってるなぁと感心.
>「ダバオのイスラム教徒は善良だ.私は彼らを愛してる」としつこい位に連呼.
 この善行認定プレッシャーってすごい効果あるんですよ.
 こう言われたらね,善良に行動しなきゃなって思いますよ.

 日本でも1年位前から,それを使った標語が使われて効果を発揮してます.
 あちこちのトイレにある
「いつもきれいに使って頂いて有難うございます.」
 これです.こう言われたら綺麗に使うよな.
 日本人に特にある「他の人が綺麗に使ってるんなら・・」という心理を利用する効果もあります.
 コンビニで採用されてますから,今後もっと広がると思います.

 犯罪者の処刑,問題がある事はさておき,治安の改善にかなりの効果があったのは確かです.人が犯罪を起こさない一番の理由は「割に合わないから」なんですよ.
 日本では特に,刑を終えたあとも「ケガレ」の心理で犯罪者は差別されます.そういう事も踏まえ,少なくとも日本人が犯罪をするのは割に合わないような社会システムになってます.

 でもフィリピンみたいな貧しい国だと,「捕まって刑務所に何年・・・」とかじゃ抑止力として弱くなるのよ.
 でも裁判もされずに処刑されるんじゃ,それは割に合わない.
 抑止力になる訳ですね.

 ただ,本当の原理原則としては,検挙率UPと,法律を厳しくしていくべきなので,そっちのルートも頑張って欲しいです.
……っていうのは建前だよ.この調子で悪人どもをこれからもぱんぱん撃ち殺してくれよな!

 しかし支持率85%って凄いな・・・.
 ただ,部下が頼りないという声も聞いているので,今後は後継者の育成と宣伝を頑張って欲しいです.
 そしてマニラに行って,中央の腐敗を叩き直して欲しいですね.

 ドゥテルテ市長,応援してます!

 〔略〕

 ★名言「犯罪者が歯向かってきたら撃ち殺す!」

[ワールド・ニューズ・メール|RanSta]

 犠牲者の多くは,覚醒(かくせい)剤など違法薬物の密売人や常習者.
 犯行の手口はほとんどが,オートバイに乗った覆面姿の2~3人組が突然現れ,犠牲者に銃弾を数発撃ち込んで走り去るパターン.
 目撃者の有無や場所,時間帯を選ばず,標的を発見し次第射殺している.
 いずれのケースも目撃者は多数いるが,容疑者グループの報復を恐れて証言を拒んでいる.
 同市のドゥテルテ市長は
「犯罪者が歯向かってきたら撃ち殺す」
と公言し,射撃訓練を行うなど過激な犯罪対策で知られている.
 だが,同市長は,犯罪容疑者が殺害された事件との関係は一貫して否定している.

#torix
>うんじじさん

 何か「安全な普通の町に住む」選択肢があるような書き方ですが,貧しい国の人は引越しなんてそうそうできないよ.
①「ゲリラとマフィアが大暴れする犯罪都市」

②「マフィアのような市長が治める,治安がそこそこ良い都市」
 この2択だったら人は②を強烈に支持する.そういう話ですよ.

 まぁ所詮地方領主なので,暴走したら軍が止めるから,そんなに心配しなくても大丈夫ですよ.

Posted 19 hours ago

ダバオ・デス・スクワッド(Davao Death Squads、通称:DDS、直訳:ダバオの死の部隊)は、フィリピンダバオ市で活動する自警団。彼らは、法律違反者と麻薬密売人の殺人(私刑)を行っているとされる。ミンダナオ・タイムズ紙は2004年8月2日時点で52件の殺人事件に関与していると報じている[1]インターナショナル・ヘラルド・トリビューンは2005年の最初の3ヶ月に72件の犯行があったと報じている[2]

Families of Victims of Involuntary Disappearanceや人権保護団体、国連人権委員会の査察官からなるチームは、DDSによって殺害された白骨死体が打ち捨てられた現場を発見した[3]。ドミナドール・カランバ人権委員は、地方の幹部役人と警察は犯人を知っていたが「見た限りでは、黙認していた。」と述べた[4]。市は密かな政策として犯罪を抑制するために殺人を行っていると、人権保護団体は主張している[2]

2009年4月の国連総会での、人権理事会のレポート(Eleventh Session Agenda item 3, par 21)では「ダバオ市長は、これらの殺人を防ぐような対策を何もしておらず、さらに彼の公的な発言は、事実上、彼らの活動を支持していることを示唆している」と報告している[5]

ダバオ市長のロドリゴ・ドゥテルテは、マニラの悪名高い麻薬王の逮捕とその後の釈放を受けて以下のように発言している。「ここ、ダバオではお前は生きた状態で出かけることはできない。だが、棺の中なら出かけることができる。それは、いわゆる超法規的殺人によってか?いや、私は麻薬王を裁判によって殺すつもりであり、それはもう超法規的殺人ではないだろう。」[6]

アムネスティ・インターナショナルと当地の人権保護団体は、1998年から300人以上がDDSによって殺害されていると報告している[7]。アムネスティ・インターナショナルは、殺人や私的制裁は年中行われ、特にその対象は容疑者にも及んだと報告する。ミンダナオでは、未成年者を含むそれら殺人は「Davao Death Squads」と呼ばれる、いわゆる自警団によるものと考えられている。ある地区の地方役人達は、逮捕に抵抗する容疑者を「射殺する」方針を支持していると報告された[8]。2004年、「平和の行進(walk for peace)」や世界的な祈祷会にて数千人が殺人に抗議した[9]

『Engkwentro』というタイトルで、2009年7月にインディペンデント映画の映画祭で初上映された自警団による私的制裁を扱った映画は大きな反響を受けた。この作品は、第66回ベネチア国際映画祭に出品され、フィリピン映画としては唯一受賞している[10]

それにも関わらず、(おそらくDDSを恐れて)ダバオ市は2008年に政府の観光局からフィリピンで最も住みやすい都市の称号を授与されている。

Posted 20 hours ago
「アホ」という言葉が日本語だと人を罵ったりからかったりするものである一方、スペイン語では「ニンニク」を指すものになるように、世界の言語には同音異義語がたくさんありますが、全世界でほとんど同じ意味を持つ単語があります。それが「ママ」です。

Why babies in every country on Earth say ‘mama’ - The Week
http://theweek.com/article/index/243809/why-babies-in-every-country-on-earth-say-mama

「ママ」は全世界で共通して赤ちゃんがほぼ最初に発する言葉です。母親のことを指す単語は「お母さん」「Mother」などそれぞれの言語によって異なりますが、この「ママ」という呼びかけはだいたいどの言語にも存在しています。ただ、赤ちゃんが発声している「ママ」は、必ずしも母親を呼んでいるわけではありません。

赤ちゃんが「ママ」と声を出す理由は、赤ちゃんの口がよく開かないことにあります。

ロシアの言語学者ロマン・ヤーコブソンの研究「mama and papa(ママとパパ)」によると、最も簡単に発声できる音は、口を開いて出す母音だそうです。赤ちゃんであっても、生まれた日から母音を発声したり泣いたりすることができます。

しかし、他の音を口から出す経験をすると、赤ちゃんは自分が簡単だと感じる子音の発声を試すようになります。

赤ちゃんが最初に試すのは唇を閉じて出す「m」「p」「b」から始まるような唇音です。まず「mmmm」「pppp」のように子音を口にして、続いて口を緩めて「ah」と簡単な言葉を発します。これらの組み合わせによって、初期に発声する単語は「ma-ma(ママ)」や「pa-pa(パパ)」、「ba-ba(ババ、英語では羊の鳴き声を表現したもの)」といったものになるというわけです。これらの中でも、特に「ma-ma」が最初に選ばれやすいのは、「お母さんのおっぱい」が原因です。
Posted 20 hours ago

138:

チーター(長屋):2012/09/03(月) 11:43:41.61 ID:qD2oP1Zn0
昔古本屋で買った「再現!古代人の知恵と生活」っていう本に載ってる
横井庄一の「私の原始生活」ってコラムがおもしろい
どうやって28年間もジャングルで生き抜いたかが書かれてるんだけど
機織り機自作して洋服を作っちまうんだぜ?
俺はこれを読んでサバイバルは無理だと確信した



142:

ペルシャ(チベット自治区):2012/09/03(月) 11:47:38.75 ID:bQe8hcyd0
»138
あのオッサンはサバイバルの天才だよ。
銃のノズルフラッシュ見てから弾丸避けれたらしいし



145:

マーブルキャット(大阪府):2012/09/03(月) 11:49:25.77 ID:Q0oLxDYV0
»142
>銃のノズルフラッシュ見てから弾丸避けれたらしいし
それは小野田だろ



149:

ペルシャ(チベット自治区):2012/09/03(月) 11:52:16.03 ID:bQe8hcyd0
»145
間違ったすまん
っていうか今の今まで小野田寛郎=横井庄一だと思ってた



161:

マーブルキャット(大阪府):2012/09/03(月) 11:59:36.49 ID:Q0oLxDYV0
»149
小野田寛郎と横井庄一は、その生き残りかたも生き残る動機も根本から違う
小野田は陸軍中野学校の出身で正真正銘のスパイ(情報将校)

日本はアメリカに占領されたものの、
必ず臨時政府が国外に樹立されているものと信じて、自身もフィリピンに潜伏して
フィリピン軍相手にたった2名(最後は一人)でゲリラ戦を戦い、
「捲土重来の日のために」情報収集に当たってた。

自作でラジオもアンテナも作っちゃって情報収集。
ベトナム戦争が始まった時には、いよいよ日本奪還戦争が始まったかと小躍りしたそうだ。



143:

アンデスネコ(東京都):2012/09/03(月) 11:47:56.92 ID:oNMnfOkTP
»138
食べ物に余裕があったからそこまで文化的な生活ができたんだろう。
でもあの人現地人から盗んだりしてたんでしょ?



163:

チーター(長屋):2012/09/03(月) 12:01:11.82 ID:qD2oP1Zn0
»143
今読み返してみてるんだけど
川があって水に困らなかったことが一番大きいって書いてるな。
水浴ができることで皮膚病を防げ、川の生物は食料になり、解体した動物の血を流し、
歩行のときは(一応まだ本人は戦闘中だと思ってるから)
川の中を歩けば足跡がつかない、って理由らしい。

次にヤシの木。果肉やコプラ水は食料になり、
繊維はロープや衣服になり、油もとれるんだそうだ。
服つくるのは文化的ってより、ジャングルじゃ体中が傷だらけになる上、蚊がハンパないらしい。

だからどうしても長袖長ズボンが必要だったんだと。
パゴの木の皮から糸をとり、それをハタで縫って布にし、そっから仕立てるんだけど
服が仕上がるまで半年はかかったそうだ。
あと、モノづくりは精神的な支えになったと書いてある。

Posted 20 hours ago